東京地方裁判所 昭和43年(ワ)13656号 判決 1970年10月17日
原告 岡田政一
右訴訟代理人弁護士 下川好孝
被告 山中董一郎
右訴訟代理人弁護士 光石士郎
同 篠崎敬
同 黒田英文
右訴訟復代理人弁護士 黒田英文
主文
原告の請求を棄却する。
訴訟費用は原告の負担とする。
事実
第一、当事者の求めた裁判
一、請求の趣旨
被告は原告に対し、別紙第二物件目録記載の建物を収去して別紙第一物件目録記載の土地を明け渡し、かつ、昭和四三年一〇月一日から右明渡ずみまで一カ月金六、九五五円の割合による金員を支払え。
訴訟費用は被告の負担とする。
との判決および仮執行の宣言。
二、請求の趣旨に対する答弁
主文同旨の判決。
第二、当事者の主張
一、請求の原因
1 原告の亡父訴外岡田与作は、昭和一六年六月五日、訴外大久保義雄に、普通建物所有の目的で、期間二〇年、賃料一カ月二六円一六銭(その後値上げされて六、九五五円となった。)、賃借人が土地上に建物を新築し、または地上建物の増築、改築をするときは賃貸人の書面に承諾を要するものとし、賃借人がこの特約に違反したときは、賃貸人は催告を要しないで賃貸借契約を解除することができる旨の約束で別紙第一物件目録記載の土地(以下本件土地という)を賃貸した。
2 被告は、昭和二八年三月三〇日頃、前記大久保から本件土地上の建物(別紙第二物件目録記載の建物の増築前の建物・以下既存建物という)とともに本件土地の賃借権を譲り受けて本件土地の賃借人の地位を承継し、爾来右建物を所有して本件土地を占有している。
3 原告の父与作は、昭和四二年八月一二日死亡し、原告が相続により本件土地の賃貸人の地位を承継した。
4 ところで被告は、昭和四三年一〇月二日頃から、原告に無断で、本件土地上にアパートにするための建物を建築し始め、原告が再三異議を申入れたにもかかわらず、これを無視して前記既存建物(木造二階建延一二六・一四平方米)よりも大きい木造二階建延約一五〇・四〇平方米の建物を既存建物に接続して、本件土地一杯に建築した。右行為は、前記特約に違反し、原告に対する著しい背信行為である。
右増築により、既存建物は、別紙第二物件目録記載の建物(以下本件建物という)となった。
5 そこで、原告は、昭和四三年一〇月一一日付書面をもって被告に対し、同月一七日までに増築を中止して増築中の建物を撤去するように申し入れるとともに、右期日までに中止および撤去がなされない場合には本件土地の賃貸借契約を解除する旨の停止条件付契約解除の意思表示を発し、右書面は同月一六日被告に到達したが、被告は右期日までにその履行をしないので同年一〇月一七日の経過とともに本件土地の賃貸借契約は解除された。
よって、原告は、被告に対し、本件建物を収去して本件土地を明け渡すこと及び昭和四三年一〇月一日から明渡しずみまで一カ月金六、九五五円の割合による賃料相当の損害金の支払を求める。
二、請求原因に対する認否
1 第1項は知らない。
2 第2項は認める。
3 第3項は知らない。
4 第4項中被告が原告主張の頃から既存建物の増築を始めたことは認める。その余の事実は否認する。
被告が増築をしたのは営業用アパートとして利用するためではなく、被告の長男夫婦や娘婿夫婦を住まわせるためであって、建物の構造上もそのように考慮されているものである。また、その大きさも、既存建物が一階九六・三九平方米、二階二九・七五平方米合計一二三・一四平方米であるのに対し、増築部分は二階七三・七一平方米だけを所謂おかぐら造りで建築したもので総二階の構造ではなく一階部分には部屋はない。従って、増築部分が既存部分より大きいということもない。
5 第5項中、原告主張の書面が昭和四三年一〇月一六日被告に到達したことは認める。その余は否認する。
被告は、昭和四三年六月四日頃、本件増築をすることについて原告の承諾を得た。すなわち、被告は、その頃原告から地代を坪当り五〇円から坪当り七〇円に増額したい旨の申入を受けていたところ、右同日頃これを坪当り六五円とすることで妥協したが、その際、被告は、原告に対し、同年秋頃から既存建物の二階をいわゆるおかぐら造りで別世帯風に増築し、そこに長男夫婦および娘婿夫婦を入居させたい旨申し入れたところ、原告は、これを快諾したのである。
原告が右の承諾をしたことは、次の事実からもあきらかである。
(一) 昭和四三年九月一九日、大工が水盛の仕事をしているところへ原告が来て、工事に関して何かと指示した結果、被告は、当初の設計を多少変更せざるを得なくなった。
(二) 同年一〇月二日、原告は、土台作りの始まった現場に来て大工達に何かと指示をしたほか、原告自身尺杖棒を持って現場を確認していた。
(三) 同月一〇日、増築工事の棟上をするについて大工が原告宅に挨拶に赴いたところ、原告から日当りの関係で屋根を低くしてもらいたい旨の要請を受けたので、被告は、増築部分の屋根を切妻屋根から方形式屋根に変更した。
第三、証拠<省略>。
理由
一、<証拠>によれば、原告の父岡田与作は、昭和一六年六月五日訴外大久保義雄に対し、本件土地を木造建物所有の目的で賃貸したことおよびその際右賃貸借について当事者間でなされた約定につき公正証書(甲第三号証)が作成されたこと、右公正証書には原告主張の増改築禁止の特約が記載されていることが認められる。そして、右公正証書の作成の経緯につき他に特段の証拠のない本件においては、右賃貸借契約に際し原告主張の増改築禁止の特約がなされたものと認めるべきである。しかしながら、増改築の禁止は、借地人の土地利用を著しく制約するものであるから、借地法一一条の趣旨に鑑み、特段の理由のないかぎり、増改築禁止の特約は無制限にその効力を容認せられるべきではなく、借地の合理的な利用を妨げない限度においてのみその効力を認め得るにすぎないと解すべきである。本件においては、前記公正証書の文言においては無制限に増改築を禁止すべきものとされているが、借地人の合理的な土地の利用を制約してまで一切の増改築を禁止しなければならない特別の事情は何も認められないし、また、右公正証書に列記された本件土地の賃貸借に関する諸約定を仔細に検討すると、各条項は、おおむね賃借人にのみ不利益な諸約定であって、とりわけ、条項中の一つに地上建物の滅失を賃貸借の当然終了事由としている如きは、借地法の強行規定にあきらかに牴触するものであるし、また、賃料の一回の不払を要件として無催告で解除をなしうるとする如きは、賃借人にとって著しく不利益であって特段の事由のないかぎり容易にその効力を認め難いものであり、これらの点からみると、右公正証書記載の各条項は、当事者間において、その必要性ないし合理性につき十分な検討を経て作成されたものとは考えにくい。そして、このことと右公正証書記載の契約条項全体の形式をも併せ考えると、右各条項は、定型化された契約条項として一般に用いられているものをそのまま利用して作成されたものであることを窺わしめるに十分である。そこで、右公正証書記載の条項につき、これを例文として直ちにその効力を全面的に否定すべきものとはなし難いにしても、各約定の解釈にあたっては、右の諸点を十分参酌し、単に文言のみによって形式的にこれを理解することなく、各条項の目的に則して当事者の合理的な意思に合致するように解するのが相当である。しかるときは、前記増改築禁止の特約は、いやしくも無断増改築があったときは常に解除権を発生せしめるという趣旨ではなく、増改築の方法、態様、規模等において当該増改築が土地の合理的な利用の範囲を越え、かつ、著しく背信的である場合にのみ解除権を発生せしめる趣旨であると解すべきである。
請求原因第2項の事実は当事者間に争がなく、<証拠>によれば、請求原因第3項の事実を認めることができる。そして、被告が昭和四三年一〇月二日頃既存建物の増築に着手したことは当事者間に争がなく、<証拠>によれば、右増築は、その後おおむね完成したことおよび増築部分は、既存建物の東側に接着し、既存建物の平屋部分の一部を跨ぐようにして建てられた木造二階建の建物であって、一階部分には部屋の新設はなく、二階部分四七・七九平方米に部屋および居住用の設備が設けられていることが認められ、右認定を左右する証拠はない。
二、右増築につき、被告が原告の承諾を得たかどうかにつき、被告は、昭和四三年六月四日頃原告の承諾を得たと主張し、<証拠>には右主張に沿う部分があり、また、右証言により被告の妻である山中はなえ作成の家計簿であることが認められる<証拠>の右同日の欄には、右の承諾を得た旨の記載がある。しかし、右の記載は、同日の分の記載が一旦完結した後に余白になされた記載であることが形式上あきらかであり、また、<証拠>によれば、被告が増築の基礎工事に着手した頃原告が被告に対し増築について苦情を申し入れたことおよび同じ頃被告が原告方に増築に関する承諾料の趣旨で金五万円を持参したところ、原告がその受領を拒絶したことが認められるので、このことと<証拠>に照らすと、右の家計簿の記載と前述の山中はなえおよび被告本人の供述のみによっては、原告が右の増築を確定的に承諾したとまでは認め難い(原告が申し入れてきた苦情の趣旨に関する<証拠>はにわかに採用し難い)。また、被告は、右の承諾を推認させる事実として、原告が増築建物の位置等について大工に指示をしたこと、被告が原告の申入れに応じて増築建物の位置および屋根の形を変更したこと等を主張し、<証拠>には右主張に沿う部分があるが、これも<証拠>に照らすとただちに措信し難い。他に、右承諾の事実を認めるに足りる証拠はない。
しかし、<証拠>によれば、被告は、本件土地の賃借権を譲り受けた際、前賃借人である大久保義雄から前記公正証書(甲第三号証)の引継ぎを受けず、また増改築禁止の特約が存することについては誰からも告げられなかったので、前記増築をした際、右特約の存在を確知してはいなかったこと、被告は、右増築を原告の意向を全く度外視して進行したのではなく、着手前から原告に対したびたび増築の計画について伝え、原告の承諾を得るように努めたことが認められ、<証拠>中右認定に反する部分は措信し難く、他に右認定を左右する証拠はない。そして、前記増築は、既存建物と対比するときは、必ずしも小規模の増築とはいえないにしても、木造であって、部屋の設けられた二階部分の面積は既存建物の面積の半分に満たないものであり、このことと右に認定した事情を併せ考慮すれば、右増築によっては、未だ原被告間の信頼関係が著しく害されたものということはできない。そうとすれば、右増築によっては、本件土地の賃貸借の解除権は発生しなかったのであるから、原告がした前記契約解除の意思表示はその効力を生じなかったことがあきらかである。
そうすると、本件土地の賃貸借契約が終了したことを前提として本件土地の明渡および賃料相当の損害金の支払を求める原告の本訴請求はいずれも失当であるといわなければならない。
よって、原告の請求を棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 橘勝治)